日本語教師

技能実習生が教えてくれた“働く意味”

こんにちは。

私は今日本で技能実習生や特定技能生と関わる仕事をしています。


そこで感じたことをちょっと書いておきたいなと思いました。

お時間あったらぜひ最後まで読んでいってください。

“働く意味”の重みの違い

「先生、ぼくは家を建てたいんです。」

実習生たちのほとんどが口にする将来の夢です。

彼らのほとんどが家族を置いて働きにきています。

・生まれたばかりの赤ちゃん

・小学生や中学生といった義務教育を受けている子ども

・結婚したばかりの妻

・病気がちの両親

ほとんどが、出稼ぎという形です。

「先生、私の娘です」と写真を見せてくれるAさん。

休憩のたびに家族と電話をするBさん。


そんな彼らの姿をみると、どこに家族と離れたい人がいるだろうかと考えさせられます。

そして彼らは自国の送り出し機関とよばれる機関に大金を支払って、時にはそのお金を借金をして日本にきます。

「稼ぐ」の裏にあるストーリー

技能実習生というと、しばしば“お金を稼ぐために来ている人たち”というイメージで語られがちです。

確かにそれも大きな理由のひとつです。

しかし、日々接していると、それだけでは語れない深いストーリーがあることに気づきます。

例えば、

・家族の借金を返したい人

・自分の国に店を開くため技術を学びに来た人

・日本で働いた経験を誇りにしたい人

・そして家族を幸せにしたい人

彼らそれぞれの理由には、“人生を動かす大きな願い”があります。

そしてそこには大きな覚悟があるのです。


それは、学習者という立場を超えて、ひとりの人間として尊敬の念を抱かずにはいられないものです。

これから彼らは決して楽ではない環境で働きながら、技能試験に向けて試験勉強や日本語の勉強が求められます。

合格できなければ帰国。

最悪、日本で働いて返す予定だった大金も返済できず、そのまま帰国ということもあるのです。

働く理由は、人の数だけある

日本にいると、自分の日常はどうしても“当たり前”になりがちです。

便利な環境、コンビニ、決まりきった生活リズム…。


けれど、実習生と話していると、その当たり前が大きく揺さぶられます。

「母に薬を買いたい」
「妹を大学に行かせたい」
「国に帰ったら、家を建てて家族を幸せにしたい」

彼らの“働く理由”には、いつも「自分以外の誰か」がいます

誰かの人生を支えるために働いている。

その真剣さやまっすぐさに触れるたびに、私自身も仕事への向き合い方を見つめ直すのです。

彼らと接する中で、私は“働く意味は収入の多さだけで測れるものではない”という、当たり前でいて大切なことを教えられます。

働くとは、
誰かを守り、誰かの未来を支え、自分の夢をかたちにする行為


それは国や立場が違っても、変わらない普遍的な思いなのだと思います。

技能実習生から学んだこの気づきを、これからも大切にしていきたいです。

-日本語教師